
2024年6月20日の朝、私の人生が静かに変わった。
洋式トイレで用を足し、立ち上がっていつものように便器を確認した。
看護師の習慣だ。自分の排泄物を観察することは、私にとって毎朝の当たり前だった。
でもその朝は違った。一瞬、自分の目を疑った。トイレの照明のせいかと思い、もう一度、しっかり見た。違う。これは現実だ。
便器の中が、真っ赤だった。

目を疑うとはこのことだった

患者さんの血尿は何度も見てきた。それが仕事だから。
でも自分のそれを見たとき、頭が一瞬、白くなった。
「ヤバい」
看護師26年の経験が、即座にそう告げていた。自分ではなく、患者さんのものを見るような感覚で観察しようとした。でも、これは明らかに、ただごとではない赤さだった。
朝イチの排尿だ。尿は最も濃くなっている。なのに、便器を染め上げるほどの量の血が混じっている。
頭の片隅で「尿管結石かもしれない」という声が上がった。以前から腹部に鈍い痛みがあり、結石の既往もある。その逃げ道に飛びつきたい自分がいた。でも職業的な感覚が、それを許さなかった。

私はすぐに、妻を呼んだ。
妻も看護師だ。「見てほしい」と言うことに、恥ずかしさは一切なかった。そんな感情が入り込む余地はなかった。ただ、客観的な目が必要だった。
妻はトイレの扉越しに中をのぞき込んだ。一言も言わなかった。でも、その沈黙が何よりも雄弁だった。しばらくして、静かに「すぐ行って」とだけ言った。看護師同士だから、余計な言葉は要らなかった。
私は朝食も取らず、仕事の調整だけ同僚にラインして、そのまま泌尿器科へ向かった。
クリニックへ向かう道中、頭の中で何度も「結石だろう」と自分に言い聞かせていた。でも手のひらが、じんわりと汗ばんでいた。

だんだんと、大きな沼に引き込まれていく感覚
クリニックに着くと、すぐに検尿を求められた。やはり血尿が確認された。
待合室で次の検査を待ちながら、私はぼんやりとポスターを眺めていた。頭の中では「結石だったらいい」「結石であってほしい」という言葉が繰り返されていた。先生も最初は「尿路結石の可能性が高い」という見立てだったようだった。
超音波、採血——次々と検査が進んだ。それぞれの結果を待つ時間が、妙に長く感じた。
でも単純レントゲンを撮った後、先生の表情がわずかに変わった。
「右の腎臓が大きく腫れています」
その言葉を聞いた瞬間、自分がじわじわと、大きな沼に引き込まれていくような感覚がした。
自分の状態は、思っていたよりも深刻なのかもしれない。そう悟った。同時に、不思議な落ち着きもあった。ここに来て、ちゃんと診てもらえている。それだけで、少し安心できた。
腎臓が腫れているなんて、自分では全くわからなかった。痛みもほとんどなかったから。なのに、レントゲン1枚で「精密検査が必要」と言われた。
受診してよかった、と思ったのはこの瞬間だった。
もし受診を先延ばしにしていたら

もし血尿を「疲れかな」と流していたら。忙しいからと受診を躊躇っていたら。
そう考えると、今でもゾッとする。
腎臓が腫れているほどの状態が、外から見てもわからない。自覚症状がほとんどないまま、体の中では確実に何かが進んでいた。それを最初に教えてくれたのが、あの朝の血尿だった。
腎臓・膀胱・尿管のどこかで出血が起きていても、痛みが出ないことは珍しくない。だからこそ怖い。「痛くないから大丈夫」は、血尿に関しては通用しない。
看護師として何百人もの患者さんのそばにいた私でも、自分のこととなると「大丈夫かもしれない」と思いたくなった。人間の心理はそういうものだと思う。だから、あえて書いておく。
この日から検査が続いた。造影CT、膀胱鏡、細胞診、逆行性尿管造影。そして告知。

血尿は終わりではなく、始まりだった。私の場合は、尿管がんへの入口だった。
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あの日から2年近くが経つ。手術を経て、今も定期検査を続けている。でも、あの朝の記憶は薄れない。真っ赤な便器と、妻の無言と、クリニックへ向かう車の中で感じた手のひらの汗。すべてが、私の人生の転換点だった。

もしあなたが今、血尿を経験しているなら、この言葉をどうか受け取ってほしい。「忙しいから」「怖いから」「大げさかな」——どんな理由があっても、受診だけは先延ばしにしないでください。看護師として、がんサバイバーとして、それだけははっきり言えます。
検査の流れや、その後の診断について詳しくはこちらに書いています。
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──くるみん(訪問看護師26年・がんサバイバー)
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