がんになって「よかった」
がんになって「よかった」なんて、私はやっぱり言えません。
抗がん剤の副作用、繰り返す検査、不安な夜…そんな中で、心も体もすり減って、「なんで私が」と何度も思いました。
でもそれでも、がんになったからこそ見えた世界があります。
それは、がんにならなければきっと気づけなかった——
自分自身のこと、家族のこと、人とのつながり、生きるということの重み。
このシリーズでは、「がんを経験したからこそ感じた10の気づき」を、ひとつずつ丁寧に綴っていきたいと思います。
無理に前向きにならなくてもいい。
でも、もし心のどこかで「何かを感じてくれた」なら、それはきっと、同じように闘っている誰かの光になると信じています。
「がんを経験したからこそ感じた10の気づき」第5話は、「ありがとうの循環」についてお話しします。
支えられて気づいた、「支える」ということ
がんと向き合う日々のなかで、私は「ありがとう」という言葉の重みを何度も噛みしめました。以前は看護師として、患者さんからいただく「ありがとう」に励まされ、それを集めるように日々の業務に向き合っていました。けれども今、自分ががん患者という立場になり、逆にその「ありがとう」を言う側になって初めて、本当の意味でその言葉の大切さと尊さを理解したのです。
病院で受けたケアひとつひとつが、痛みや不安で張り詰めた心を和らげてくれました。どれも当たり前に見える動作——ベッドを整えてくれる、笑顔で声をかけてくれる、痛みの様子を細やかに気遣ってくれる——それらのひとつひとつに、私は素直に「ありがとう」と口にしていました。
また、がんの告知を受けてからの生活では、さまざまな形で人の優しさに触れる機会が増えました。その中でも、特に私の心を支えてくれた存在が家族、親友、そしてSNSで出会った仲間たちでした。
そばにいてくれた妻の沈黙の支え
がんの可能性を告げられたその日から、私は気持ちが落ち込み、表情も曇りがちになりました。そんな私の変化に、最初に気づいてくれたのは妻でした。普段は別々の部屋で寝ていた私たちですが、妻は何も言わずに私の部屋に布団を敷き、夜を共にしてくれるようになりました。
不安な夜、布団は違っても同じ空間にいてくれるということだけで、どれほど安心できたことでしょうか。言葉は少なく、ただ話を聞いてくれる。助言も説教もせず、ただ相槌を打ちながら耳を傾けてくれたその時間に、私はどれだけ救われたか計り知れません。今振り返っても、「ありがとう」という言葉では足りないくらいの感謝の気持ちでいっぱいになります。




親友たちとの、何気ない時間がくれた癒し
私には、30年近い付き合いになる親友が2人います。がんが判明したとき、真っ先に連絡したのもこの2人でした。
ひとりとは、冬の晴れた昼、スターバックスのオープンテラスで2時間ほど話をしました。もう一人とは、スーパー銭湯に出かけ、露天風呂のぬるめのお湯につかりながら、男2人で1時間以上も話しました。
がんの話はもちろんしましたが、家族のこと、恋人のこと、仕事のこと、他愛もない話が多く、それがかえって良かったのです。頭の中をがんの不安が支配していた私にとって、それらの話題が「日常」へと戻るための扉を開けてくれました。自分を大切に思ってくれる人たちがいる、その事実に心から感謝しています。

X(旧Twitter)という名の「匿名の安心」
私はもともと、X(旧Twitter)で闘病に関する投稿を行っていた経験があります。今回も「がんかもしれない、すぐに大学病院に行きなさい」と言われたとき、真っ先に思い浮かべたのはXでした。
実名ではなく、顔出しもしない。匿名だからこそ、胸の内を吐き出すことができる。そんな空間が、私には必要でした。
投稿を通じて、自分の不安や弱さを素直に表現することができ、たくさんの方から励ましのコメントや共感の声をいただきました。「一人じゃない」と感じることができたこの場所にも、改めて感謝しています。

「ありがとう」がくれた心の変化と、これからの私
自分が弱った時、人の優しさに触れ、自然と出た「ありがとう」の言葉。それは、単なる挨拶ではなく、心の奥底から湧き上がる感謝の表現でした。
今、私は術後の後遺症と向き合いながら、日々を過ごしています。完全な回復ではありませんが、こうして過ごせる日常にも、支えてくれた人々にも、心から「ありがとう」と言いたいです。
そして今度は、私が「支える側」として恩返しをしていきたい。妻には労りと感謝を込めて、これからも無償の愛を注ぎたいし、親友たちとは一緒に旅行に行ったり、楽しい時間を積み重ねていきたいと思っています。
また、Xでは自分の経験や想いを発信し、同じようにがんと向き合う方々の心に寄り添いたい。ブログでも、がん患者さんやそのご家族が少しでも前を向けるような情報や体験談を発信していくつもりです。
ありがとうは、巡っていく——「言葉」に乗せて
かつて私は、「言わなくても伝わるはず」と思っていました。けれども、やはり言葉にしなければ伝わらないこともある。そして、「ありがとう」は言う人の心も整えてくれる。私はそう信じています。
ありがとうを伝えることで、相手も自分も穏やかになれる。そしてまた、別の誰かに優しくなれる。そんな“ありがとうの循環”が、この世界を少しだけ優しくしてくれるのではないでしょうか。
私はこれからも、「ありがとう」を惜しまずに伝え続けたい。そして、できることなら自分自身も、誰かからの「ありがとう」をもらえるような存在でありたいと願っています。

あなたは最近、誰かに「ありがとう」と言いましたか? それとも、誰かから「ありがとう」と言われて、心があたたかくなった瞬間がありましたか?
その一言が、人生をそっと照らすこともある。 だからこそ、今日、誰かに伝えてみませんか。
「ありがとう」を。
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