がんになって「よかった」
がんになって「よかった」なんて、私はやっぱり言えません。
抗がん剤の副作用、繰り返す検査、不安な夜…そんな中で、心も体もすり減って、「なんで私が」と何度も思いました。
でもそれでも、がんになったからこそ見えた世界があります。
それは、がんにならなければきっと気づけなかった——
自分自身のこと、家族のこと、人とのつながり、生きるということの重み。
このシリーズでは、「がんを経験したからこそ感じた10の気づき」を、ひとつずつ丁寧に綴っていきたいと思います。
無理に前向きにならなくてもいい。
でも、もし心のどこかで「何かを感じてくれた」なら、それはきっと、同じように闘っている誰かの光になると信じています。
「がんを経験したからこそ感じた10の気づき」第1回は、「今を大切にする」についてお話しします。
第1回 『今日を生きる』が、こんなにも深い言葉だったなんて——
第1章:明日ばかり見ていた私へ
私は、あまり過去を振り返るタイプではありませんでした。むしろ未来のことばかり考えていたと思います。だからライフプラン表も作っていて、80歳までのライフイベントやお金の収支をエクセルで細かく管理していました。子どもたちの入学・卒業・就職・結婚、自分たちの退職やローン完済、老後資金の確保まで——NISAやiDeCoの運用シミュレーションまでしていたんです。
でも、それはがんの確定診断を受けたあの日を境に、すべて真っ白になってしまいました。今もまだ、そのライフプラン表を開くことができません。
「いつまで生きられるのか」「どれだけ治療費がかかるのか」「仕事は続けられるのか」——そんな不安が押し寄せて、今この時間を生きるだけで精一杯でした。
第2章:未来が消えたとき、「今」だけが残った
がんと診断された日から、未来への予定はすべてキャンセルになりました。代わりに増えたのは、近未来の医療スケジュールばかり。○月○日に検査、○日に入院、○日に手術、○日に退院予定……それらは心躍る未来ではなく、不安を積み上げる予定表でした。
「旅行に行きたい」「車を買い替えよう」——そんな楽しげな未来の計画は、真っ白に塗り替えられてしまったのです。
私は当時、経営者でもありました。がんになり、働けなくなることが、そのまま会社の存続に直結する。そのプレッシャーは想像を超えるものでした。不安に押しつぶされそうになりながらも、仕事はせざるを得ませんでした。日中は忙しさで気が紛れる一方、夜になると再び不安が押し寄せ、ただ一日を過ごすのがやっと。
看護師として働いていた頃には想像できなかった、「患者としての時間の流れ」は、驚くほど重く、そして遅く感じられました。終わりの見えない治療、予測できない未来に、今という時間がただのしかかってきたのです。
第3章:“今日”を感じる小さな奇跡
がんと共に生きる日々のなかで、私はとにかく涙もろくなりました。仕事中に車を運転していて、歩道で親子が手をつないで歩いている姿を見ただけで、涙がこぼれました。
「元気に育つんだよ」「健康に注意してね」と、心の中で願いながら、込み上げてくる想いを抑えきれず、駐車場に車を停めて涙をぬぐったことが2度ありました。
冬の冷たい空気、白い息を見るたびに「自分は生きている」と実感しました。普段何気なく食べていた妻の料理や、家族と交わす「いってらっしゃい」「おかえり」の一言が、かけがえのないものに感じられました。
以前は気にも留めていなかった“日常の美しさ”が、がんを通して、心の奥深くに沁みわたるようになったのです。

何気ない朝の光も、湯気の立つカップの温もりも——“生きている”という確かな実感だった。
第4章:「今を生きる」ことは、焦らず・比べず・味わうこと
小学校の卒業式で、離任される先生が涙ながらに言った言葉を、今でも覚えています。
「時を生きろ!」
その言葉の意味が、今になってようやく胸に刺さるようになりました。
がんと向き合う中で、私は何度も「他の人はどうなんだろう」「私はこの先どれくらい生きられるんだろう」と比較しては落ち込むことがありました。
でも、少しずつこう思えるようになってきたんです。
「他人と比べなくていい。私は私のペースで、今を生きている」
どんなに立ち止まっていても、遅れていても、「今この瞬間」を感じていること。それ自体が、私にとっての“生きる”ということだと。
「今日だけを生きる」——そう決めたことで、未来の不安から少しだけ距離を置けるようになりました。
第5章:あなたは、今日を味わえていますか?
がんと告知された直後は、目の前が真っ暗になります。私もそうでした。多くのがんサバイバーが、同じような経験をしていると思います。
でも、少しずつ感じられるようになるのです。
「生かされていること」「生きていること」
朝の光、ごはんの味、冷たい風、温かい陽だまり、星空、汗、涙—— どれもが、“今ここに自分がいる”ことを教えてくれるものです。
今日、何かひとつ「よかったな」と思える瞬間がありましたか?
それがあるなら、あなたの人生は今、新しく始まっているのかもしれません。
第6章:“今日を生きる”ことが、私の答えになった
がんになって、不確定な未来と向き合うことになりました。でも、それは私たちだけではなく、誰もが同じかもしれません。がんじゃなくても、突然の事故や病で未来が変わることだってあります。
ただ、私たちはがんになったことで、その現実を目の前に突きつけられた。そして「人生の意味」や「生きるとは何か」を、嫌でも考えざるを得なくなったのです。
でも、そんな大きな意味なんて、簡単に見つかるものじゃない。だからこそ、私は“今日”を丁寧に生きることに決めました。
未来の航路図は大きく変わってしまったけど——新しく描き直していけばいいんです。
次回は、「大切な人が見えてきた」話をお届けします。
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