がんになって「よかった」
がんになって「よかった」なんて、私はやっぱり言えません。
抗がん剤の副作用、繰り返す検査、不安な夜…そんな中で、心も体もすり減って、「なんで私が」と何度も思いました。
でもそれでも、がんになったからこそ見えた世界があります。
それは、がんにならなければきっと気づけなかった——
自分自身のこと、家族のこと、人とのつながり、生きるということの重み。
このシリーズでは、「がんを経験したからこそ感じた10の気づき」を、ひとつずつ丁寧に綴っていきたいと思います。
無理に前向きにならなくてもいい。
でも、もし心のどこかで「何かを感じてくれた」なら、それはきっと、同じように闘っている誰かの光になると信じています。
「がんを経験したからこそ感じた10の気づき」第3回は、「今やる生き方」についてお話しします
第1章:崩れた“いつか”の予定と、失われたもの
尿管がんの確定診断を受けた直後の数ヶ月間、表面的にはまだ大きな変化はありませんでした。家族の予定も普段どおり。仕事もそのまま続けていました。
けれど心の奥では、少しずつ、何かが崩れはじめていました。
私は当時、訪問看護ステーションを経営していました。
忙しく、そして何よりもストレスの多い毎日。
でもそのストレスを「やりがい」や「責任感」でなんとか押し込めていたのだと思います。
がんとわかったとき、自分の体を守らなければという思いが芽生えました。
その瞬間から、仕事への熱意が、音もなくしぼんでいくのを感じたのです。
そして、膀胱への転移が明らかになったとき——
「もう無理だ」と、経営をあきらめる決意をしました。
これまで命を削るようにして築いてきた事業でした。
志を持って立ち上げ、仲間と共に走り抜けてきた訪問看護の現場。
でも、それらをすべて、がんが一瞬で奪っていきました。
従業員の解雇… 残った借金…
描いていた「経営者としての未来」が、あまりにもあっけなく崩れていった喪失感は、言葉にならないほどでした。
第2章:がんがくれた“時間”という贈り物
失ったものは、本当に大きなものでした。
でも、それと引き換えに得られたものもあります。
それは「時間」でした。
会社を経営していたころ、私はほとんど自分の時間というものを持っていませんでした。
土曜日も日曜日も、夜中でさえも、オンコール用のスマホを握りしめて眠っていた日々。
常に「何かが起こるかもしれない」と気を張っていた毎日でした。
けれど今、夜間にこうしてブログを書くことができます。
日曜日の昼間に洗車をしたり、のんびりと家族と会話したり。
少しずつ、「自分の時間」を取り戻しつつあります。
この春には、家族と3年ぶりにいちご狩りに出かけました。
久しぶりに笑い合い、写真を撮り、甘いいちごを一緒に味わう。
そんな一日が、これほどまでに尊いとは——がんになる前は気づけませんでした。
そして、人生初のコンサートにも行ってきました。
かつては「忙しいから」と諦めていたことが、今はできるようになってきた。
それだけで、生きている意味を強く感じられるのです。
貴重な時間ができたからこそ、私は思います。
大切な人と、大切な時間を過ごしたい。
そして、これまでやらなかったことを経験したい。
まだ行ったことのない場所に、行ってみたい。
そんなふうに、人生のページを1枚1枚めくるように、新しい体験を少しずつ重ねています。
第3章:やりたかったこと、やれていなかったこと
がんと向き合うようになってから、私は「やりたかったのに、やれていなかったこと」がいかに多いかに気づきました。
そのひとつが、渡辺美里さんのコンサート。学生時代から大好きで、ずっと一度は行きたいと思っていたのに、気づけば三十年が経っていました。
でも、「いつか行こう」と思っていた“いつか”が、がんになった瞬間に“もう待ってはいけない”と変わったんです。
私はすぐにチケットを申し込み、コンサートに足を運びました。
あのときの気持ちは今でも忘れられません。生のステージ、生の声。あの空間に包まれて、「生きててよかった」って思いました。
コンサート中は歌を聞くたびに、がんと闘っている自分に歌詞を重ね合わせ涙が止まりませんでした。
「いつかきっと」「悲しいことも力に変えて自分の歩幅で走り出すよ」いつか、がんを克服した自分にエール
「10yesars] 「あれから10年も、この先10年も…」過去と未来、自分の生き方を重ね合わせ未来を想う
「My Revolution」「夢を追いかけるならたやすく泣いちゃダメさ」がんになって人生の大転換・革命が起きました
これ、本当に一生モノです。
それからは、やりたかったことをどんどん書き出すようになりました。
たとえば、自転車で富士山を一周してみたい。
スカイダイビングにも挑戦してみたい。
訪れたことのない東北や九州の各地に行って、その土地の美味しいものを三つずつ食べてまわる。
そんな「人生に厚みを加えるような体験」を、少しずつ実行していきたいと強く思うようになったんです。
不思議なもので、やりたいことが増えれば増えるほど、「もっと長く生きたい」と思うようになります。
そしてそれが、「がんに負けたくない」というエネルギーに変わっていくのです。

第4章:人生は、いまここから始められる
がんという出来事は、確かに多くのものを奪っていきました。
でも同時に、「今この瞬間を生きる力」も、私にくれました。
渡辺美里さんのライブに初めて行ったあの日。
心が震えました。
自分の「やりたいこと」に正直になって、一歩を踏み出すことで、
こんなにも生きる実感が湧いてくるなんて、想像もしませんでした。
だから今、あらためてこう問いかけたいんです。
あなたは、いつかやろうと思ってそのままにしていること、ありませんか?
その“いつか”は、本当に来るでしょうか?
人生は、いまここから始められる。
遅すぎることなんて、きっと何ひとつないのだから。
だから、がんになってよかった——なんて、やっぱり言えません。
けれど、がんになったからこそ「自分の人生には終わりがある」と強く実感し、
そのゴールまでに“やってみたいこと”や“会いたい人”がどんどん浮かんでくるようになりました。
人生を厚く、豊かにしていくために。
“限りある時間”という現実が、私を前に進ませてくれています。

もしあなたの人生が、あと5年だとしたら——
どこに行きたいですか?誰と過ごしたいですか?
そして、その一歩を、今日踏み出せるとしたら……
今、何から始めますか?
👉 シリーズ第1話はこちら
『今日を生きる』が、こんなにも深い言葉だったなんて
👉 シリーズ第2話はこちら
がんで見えた「本当に大切な人」|人間関係を“再編集”するという選択